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渡辺和子先生講演会。

渡辺和子先生は、母校の理事長だった方です。
今も現役でされています。

この方の講演会のチケットがあるというので、友人に誘われて行ってきました。

学生の頃、先生の「人格論」という授業をみんな受けていたのですが、その時はとても厳しい先生という印象でした。授業態度が少しでも悪いと、厳しく叱ってくださっていたように思います。

恐い先生とは思いながら、若いなりに先生の言葉に感じるものがあったのか、卒業後大学の公開講座の1コマに先生の講義があり、先生のお話聞きたさに受講したこともあります。

それももう8年も前のことで、当時もおばあちゃんになられたな、という印象だったのですが、現在85歳になられても声もしっかりされて、体は少し丸くなったかな、という感じもありましたが、今回も心に響く素晴らしいお話をしてくださいました。

いいお話を聞いてもすぐ忘れてしまうので、ここにも書き留めておこうと思います

今回は、「たいせつなもの」という演題で、サリン事件や東北大震災のお話をされながら、「よく生きる」ことについてお話してくださいました。

「生きる力」を育てるということが言われているが、大切なのは「よく生きる力」を家庭や学校、社会で育てていくことが大事なのではないかと。
「よく生きる」ということは、権利や名誉などのために良い学校に入れようとすることではない。
人間として「よく生きる」ということ。
それは、自分の安楽だけ考えないで、自分のものを分け与えることができるか、ということ。
相田みつをさんの「奪いあえば足らず 分けあえば余る」という言葉。
「おかげさま」という気持ちを持って生きる。

先生がボストンの大学で博士号を取っていたいた時のこと。
修道院で食事の支度の時にたくさんのお皿を並べていたら、何を思って並べているか、と上司に言われ、「何も考えていない」(本当は面倒くさいと思っていたが、英語で答えるのが面倒だった(笑))と答えたら、誰かのために祈りながら作業しなさいと言われた。
ロボットと同じようにお皿を並べるのではなく、誰かのために「お幸せに」と思いながらお皿を並べる。

時間の使い方は命の使い方である。不平不満のない生き方。
祈りながらすることは、愛のこもった時間、人生になる。
つまらないことを、愛を必要としている人のために祈りながらすることが、「よく生きる」ことである。

ミスチルの「彩り」という曲の詩を思い出しました。♪なんてことのない作業がこの世界を回り回って何処の誰かも知らない人の笑い声を作っていく そんな些細な生き甲斐が日常に彩りを加える♪

この時点で、そんなことができるだろうか…と思っていました。
面倒くさいものは面倒くさいし…それを、誰かのために祈りながらなんて…


「天との契約」自分が我慢するから誰かに幸せを。
心で寄り添うことはできる。傷みを持った愛で寄り添うことができる。

人には誰にでも、「人生の穴」がある。これは、一人ひとりの課題である。
この世の中に無駄なことは一つもない。
神様は、力に余る試練を結して与えない。前よりも強くなって優しくなる。

先生も、9歳の時に二・二六事件でわずか1mのところで父親が48発の銃弾に倒れるのを目のあたりにし、大変なショックを受けた。

世の中に出たら思うままになると思ったら大間違い。思うままにならないのが当たり前。
思うままになったら感謝する。
傷のない人生なんてない。自分の傷を癒す最善の方法は、人さまの傷を癒すこと。
星野富弘さんの言葉「私は傷を持っているのでその傷からあなたの優しさが染みてくる。
傷がなかったらわからなかった人さまの優しさ」


心に傷を受けるまで、穴が開くまで見えなかったものを見る。
人生に開いた真っ暗な穴から肉眼では見ることができない光を見ることができる。
相田みつをさんの言葉「つまづいたり転んだりしたおかげで~」
聖フランシスコの言葉
「慰められるよりも慰めることを、理解されるよりも理解することを、愛されるよりも愛することを」

「置かれたところで咲きなさい」
あなたが変わりなさい。そこで精一杯仕事をしなさい。
これがなかなかできない…

「Any」♪今僕のいる場所が望んだものと違っても間違いじゃないきっと答えは一つじゃない♪

東北大震災で被災された方に何かしたいと思っても、年齢のこともあって何もしてあげることができない。
日常の中で、挨拶をしてもしてもらえなかったり。
そんな自分が受けた悲しい気持ち、傷ついた気持ちが「神様のポケット」に入るのだと。
それが、被災して苦しんでいる人への祈りに変わるのだと。
「一つぶの麦」自分が自分に死ぬことで、どこかに命が生まれる。
自分が傷つく代わりに、誰かが幸せになる。

傷む愛が今必要。自分の怠け心と戦う愛。
今日より若い日はない。目に見えない大切なもの。

このような言葉で講演は締めくくられました。


終わった後友人とも話しましたが、嫌なこと、許せない人、そのことばかりをずっと気にしてしまうけど、その嫌な気持ち、傷ついた気持ちが「神様のポケット」に入って、それが苦しんでいる、困っているひとの幸せになると考えるようにしたいねと。

誰かのために祈ることなんて自分にはできないと思っていましたが、自分の嫌な心がそうやって誰かのためになると考えることで、心がスッキリしました。


このような精神に基づいた教育を学生時代に受けていたことは自分にとって財産であり、それに誇りを持つ、というか使命を持って生きていかなければならないのかもしれません。


…が、日常に戻ると、なかなか実践できない弱い心。
「神様のポケット」のことを忘れないように生きていきたいと思います。


このような機会を与えてくれた友人の母と友人に感謝。



また近いうちに先生のお話をお聞きしたいと願います。


先生の著書。たくさんありますが、今この2冊が欲しい。

自分の誕生日のところにどんぴしゃの言葉が書いてありました。

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